「解くべき」かを考えてみる

私の好きな人物の一人、アインシュタインがこんな言葉を残しています。


「ある難しい問題が提示されたとします。
また多くの人が挑戦し失敗し、その問題が簡単な問題でもないとします。
その問題を解くのに私に仮に60分の時間が与えられたら、
『その問題を解くべきか』ということに55分の時間を使います。」

「問題を解くことよりも、じばしば『問題を適切に設定する』こと
が重要な場合が多い」

「ある問題に対し間違えるよりも、間違った問題を解いてしまう方が深刻な
ことが多い」


これらの言葉はすごく示唆に富んでいます。

人生の様々な局面において、
しばしば私たちは「その問題を解く」ことのみに力を集中してしまい、
「解くべきでない(効果が薄い)」問題にも必死で取り組んでしまう事があるからです。

 

ビリヤードの例を挙げます。

ビリヤードにおいて的玉をクッションを使って間接的に入れるバンクショットや、
ネクストポジションにおいて狭く遠いコースを通る、手玉に回転を思いっきり効かせる
スーパーショットがあります。

華々しいショットだし、見ている方もあざやかなショットなので「すごい」となります。

そんなショットを決めようと、このような難しいショットをひたすら練習することを
してしまいがちですが、ここで実は立ち止まる必要があります。


「そもそもそのショットを使わなくなくいけなくなったゲームメークは
どうだったか?」

という質問ができるのです。


そもそも前の玉を入れるときから、手玉のポジショニングができていれば、
難しく成功確率の低いショットをする「必要がないはず」なのです。

ポジショニングができていないから難しいショットをしなければならなくなるのです。

ということはまず第一に改善しなければいけないスキルは、華々しいショットの習得
ではなく、成功確率の高い球(簡単な、地味な入れ方)の連続で最後まで持っていける、
基本に忠実なポジショニング(戦略)の立て方の問題なのです。

玉を入れることがだけ考えていたところから、その球を入れる必要のない
状況に持っていくことに切り替えたのですね。

 

会社員なら経験する満員電車の過ごし方なども例に挙げられます。

満員電車でもまれないようにするための対策として、

・何駅か戻っても、何本か電車を待っても始発に乗れるようにして、
座って本を読むなどができるようにする
・時間がかかっても自転車で通勤する
・フレックスタイムのある職場に変える

など直接的な対策がまず考えられますが、視点を変えて、

「そもそも人が殺到する9時近辺に出社するのをやめたら?」

とすると、早く起きて(朝食を家では食べず)、1時間前に会社の近くまで行って、

喫茶店などで、出勤時間まで朝の有効な時間として活用する、などの対策が出来たりもするのです。

通勤ラッシュを避けて悠々と出社できるうえに、仕事が忙しいひとにも
頭のフレッシュな朝の有効な時間まで創出できますね。

 

最初に戻りますが、人生の様々な場面においてこのように

「その問題は果たして解くべき問題か」

と考えることが非常に有効なように感じています。


今日も成功を祈ります、お読みくださり心より感謝します。

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